政府が支援する「リスキリング」!その具体策や企業が取り組むメリット・デメリットを解説
- 更新:
- 2023/06/19
最近「リスキリング」という言葉を見聞きする機会が増えた、と感じている方が多いのではないでしょうか。リスキリングとは、既存の業務以外で使うスキルを新たに学び直して身に着けることです。2022年10月に岸田首相が「企業のリスキリングに5年間で1兆円を投入して支援する」と表明し、話題性が高まっています。
とはいえリスキリングが話題になり始めたのはつい最近のことであり、そもそも何なのかよく分かっていない、という方も多いでしょう。そこでこの記事では「リスキリングとは何か」という部分から、政府による支援の内容、企業が取り組むメリットとデメリットなど、今知っておきたいリスキリングの概要を解説します。
- 目次
- リスキリングとは
- 今リスキリングが話題となっている理由
- 政府によるリスキリング支援の内容とは
- 企業がリスキリングに取り組むメリットとは
- 企業がリスキリングに取り組むのはデメリットもある
- 企業によるリスキリングの事例
- まとめ
リスキリングとは
リスキリングとは、既存の業務以外で使うスキルを「学び直し」によって身に着け、新たな業務への対応や、革新的なアイデアの創出を可能にすることです。今やっている業務についての理解を深めるOJTとは対照的な教育方法と言えるでしょう。
リスキリングはすべての分野の学び直しにおいて使われる言葉です。しかし近年では今後の経済成長に必須とされている「DX化」「AI活用」に関する分野のスキル習得、という意味で使われることが多くなっています。
現代は「第4次産業革命」に突入しているともいわれており、今後自動化技術の発達により単純作業のロボットへの転換が進んでいくでしょう。これから求められるのは「ロボットに指示を出す業務」や、「指示を出す人を取りまとめる業務」ができる人材です。
こうした人材を育成するための手段として、企業を挙げて取り組む「リスキリング」をスタートしている企業が増えてきています。
今リスキリングが話題となっている理由
リスキリングはここ数年で大きく注目され始め、メディア等でも話題となっています。その理由について見ていきましょう。
コロナ禍で業務形態が変わった
コロナ禍でリモートワークや在宅ワークのような働き方が増え、業務形態は大きく変化しました。いつしか「働き方の多様化」とも呼ばれ、「出社しなくても当たり前に仕事ができる」環境を望む人が増えているのが事実です。
しかし今までオフィスなら当たり前にできていたことが、ひとたびオフィスから離れると生産性が落ちてしまうことが浮き彫りになった企業がいくつも出てきました。実際に在宅ワークをしている人の29.2%もの人が、プロジェクト業務における生産性が低下したと回答しています。
オフィス外での生産性を向上させるには、企業のDX化が必須事項であることも明らかになりました。とはいえ企業のDX化を進めるには、専門的なスキルを持った人材が必要です。しかし採用コストへの懸念や労働人口の不足といった背景から、すでに企業に属する人材へのリスキリングに取り組み、DXの専門的な人材として活用する動きが注目されています。
労働人口の不足が進んでいる
日本では今、明らかな労働人口の不足が進んでいます。2050年の生産年齢人口は2020年比68%と推計されており、企業が新たな人材を獲得していくのはどんどん困難になっていくでしょう。
特に不足するのは、AIなどのデジタルなスキルを活用する専門職です。AIの進歩により2030年には専門職が170万人ほど不足し、対して生産職や事務職は計210万人ほど過剰になると推測されています。つまりこのままでは「労働需給のミスマッチ状態」が発生してしまうのです。
「DX化の推進やAI活用ができる新たな人材を獲得するのは困難。しかし企業の将来を考えると専門職が必須」というこの状況を打破する方法は、リスキリングによる自社の既存人材の育成です。こうした背景により「新卒採用」から「リスキリング」にシフトチェンジし、企業として取り組み始めるケースが増えています。
政府によるリスキリング支援がスタートした
2022年10月、岸田首相は主にDX化推進のためのリスキリングにおいて、5年間で1兆円の財源を投入し制度の創設や企業への補助金施策を行うと表明しました。政府の主な狙いは積極的な賃上げによる経済回復です。今までリスキリングが何なのか知らなかった企業や個人も、この表明を境にリスキリングへ注目を始めています。
リスキリングは長きにわたって国際的なテーマにもなっていました。昨今では2020年1月に開催された世界経済フォーラムにおける年次総会(ダボス会議)では、「リスキル革命」として「2030年までに世界で10億人のリスキルを目指す」と発表されています。
参考日本能率協会:『リスキル革命』~ダボス会議で「2030年までに10億人のリスキル」が提唱
実は岸田首相による表明の以前にも、経済産業省が「第四次産業革命スキル習得講座認定制度」を開設するなど、すでに国を挙げてリスキリングを進める動きがありました。今後多額の財源投入により本格的にリスキリングが推進され、さらなる注目が集まっていくでしょう。
政府によるリスキリング支援の内容とは
先述したように2022年10月に、岸田首相がリスキリング支援に5年間で1兆円の財源を投入すると表明しました。表明以降、早速新設された助成金なども存在します。既存の支援策とあわせていくつか見ていきましょう。
人材開発支援助成金に「事業展開等リスキリング支援コース」が新設
もともとあった「人材開発支援助成金」の制度に、リスキリングに特化した支援コースが新設されました。新規事業の立ち上げや、デジタル化・グリーン化に関するリスキリングが支援の対象です。経費と従業員の賃金の2点に対して支援が行われ、1事業所当たり最大1億円もの多額の支援を受けられます。
岸田首相の表明後である2022年12月2日に新設された厚生労働省による助成金制度で、さっそく国策として取り組む様子がうかがえます。2023年はこの制度を活用し、リスキリングによる事業拡大やDX化を推進する企業が増えていくでしょう。
第四次産業革命スキル習得講座認定制度の開設
2020年に経済産業省が主体となって、DX化・AI活用を主としたリスキリングを推進する制度を開設しました。クラウドやAI等の分野が101講座、ネットワークやセキュリティの分野が10講座、ITを利活用したものづくりの分野が6講座用意されており、すべて無料で受講できます。さらに厚生労働大臣の認定を受けた講座の場合は、専門実践教育訓練給付金を受けながらの受講が可能です。企業と個人どちらも受講できるのがひとつのポイントとなっています。
企業がリスキリングに取り組むメリットとは
改めて、企業がリスキリングに取り組んでいく3つのメリットを見ていきましょう。
人材獲得の競争なく新しいスキルを持った社員を確保できる
「労働人口の不足が進んでいる」で解説したように、労働人口の不足により企業が新たな人材を獲得するのは難しくなってきています。新卒1人あたりの採用コストも年々増加しており、2018年には71.5万円だったところ、2019年には93.6万円となっていることからも人材獲得の難しさが読み取れるでしょう。
リスキリングの方法なら、大きな採用コストをかけることなく、さらには会社の業務の流れをある程度理解した人をスムーズに育成できます。採用コストを最小限に抑えつつ、専門的な人材を獲得するのに最適な方法と言えるでしょう。
複数分野のスキルを持った人が新たなアイデアを生み出せる
リスキリングに取り組むことで、今まで一部の業務しか行っていなかった人が、他の部門の業務や新たな業務も行えるようになります。複数分野のスキルを掛け合わせることにより画期的な発想が生まれ、既存業務の効率化や売上拡大のアイデアを生み出せる可能性があるのです。
リスキリングで最新の知識やスキルを習得することで、時代の変化に対応できる力が身につきます。会社の大きな成長につながる斬新な発想は、リスキリングにより生み出されると言っても過言ではないでしょう。
賃金アップによる従業員満足度向上の可能性がある
リスキリングによりDX化が成功し企業全体の生産性が向上すれば、従業員のために賃金を上げられるでしょう。単純労働や過重な残業から解放しつつ賃金を上げられれば、従業員の満足度は間違いなく上がります。
従業員の満足度が上がるということは、会社への定着率ももちろん上がります。離職率が下がれば必然的に採用コストも抑えられるでしょう。リスキリングに取り組むことで、従業員と企業のWin-Winの関係を維持し企業は成長を続けられるのです。
企業がリスキリングに取り組むのはデメリットもある
リスキリングには大きなメリットがある一方、2つのデメリットも存在します。それぞれ見ていきましょう。
継続的に行うためのリソースが必要
リスキリングは、1、2回の研修や短期的な学習で終わるものではありません。長期的・継続的に学習し、常に新たなスキルの「学び直し」に取り組んでいく必要があります。つまりリスキリングのために既存の業務に対応できる時間が減り、その分を他の社員で対応したり、外注や短期雇用を主としたリソース確保により補わなければいけません。
またリスキリングはe-ラーニングによる学習が主流となっており、e-ラーニングの導入という点にも大きな費用がかかります。企業の成長のためとはいえ、人的リソースとコストリソースを長期的に確保するのは、特に中小企業にとっては大きな負担となるでしょう。
従業員の可能性を広げることは転職されるリスクにもつながる
リスキリングに取り組むことで従業員の対応可能な業務範囲が広がり、さらには今までになかった画期的なアイデアの創出による生産性の向上の可能性があります。しかしそれだけのスキルを身に着けた従業員が、自分の新たなスキルを活かしてチャレンジできる企業や、より待遇の良い企業へ転職してしまうリスクが懸念されているのです。
従業員に転職されてしまうリスクを避けるためには、従業員が会社にいたいと思える社内環境の整備と、他社に引けを取らない待遇が必要になります。採用における他社との競争を避けられる一方で、専門的な人材を維持するための競争が始まるでしょう。
企業によるリスキリングの事例
国内・海外の大企業の中には、すでにリスキリングに取り組み始めている企業も少なくありません。国内2つ、海外1つの計3つの取り組み事例を紹介します。
国内企業のリスキリング事例①:大手IT企業
すでに多くの従業員がDXに関するスキルをある程度習得しているIT企業でも、企業を挙げてリスキリングに取り組んでいる事例があります。某大手IT企業では、最長で3か月他部署の業務を体験し、自分が本当にやりたい業務を見つけられる制度を導入しました。
制度を導入した狙いは、2つ以上の業務を経験させもとの業務におけるスキルを伸ばすことと、新たな適正業務を発見することです。あくまで従業員の主体性に任せることで、モチベーションを維持した効果的なリスキリングを実現しています。
国内企業のリスキリング事例②:大手運送業
某大手運送業では2か月周期で従業員を30人ほどを選抜し、デジタル系の学習会を開催するリスキリングの制度を確立しました。初学者には基本となるエクセルなどの操作から、ある程度の知識を持った従業員にはデータサイエンティスト向けのハイレベルな内容など、レベルに合わせた10講座を学習させ専門的な人材を徐々に育てています。
3年で1,000人ほどの専門的な人材を育成するという短期的な目標を立てており、企業を挙げて積極的にリスキリングに取り組んでいる事例のひとつです。
海外企業のリスキリング事例:大手通信事業者
米国の某大手通信事業者では2013年から8年間、10億ドルもの多額の資金をかけて、従業員10万人に対しリスキリングを行いました。リスキリングに参加した従業員は離職率が37.5%減、昇進率は70%増と変動し、目に見える形で効果が出た事例です。
さらに社内で新たなプロジェクトを立ち上げ技術職が必要になる際も、すでに社内にいるリスキリングを受けた人材により80%以上のリソースが埋められるようになりました。そのため某社では現在、最小の採用・育成コストで新たなプロジェクトの始動を実現できています。
まとめ
コロナ禍で業務形態が変化し、さらに労働人口の不足が進んでいる現代、リスキリングによりDX化を進めることが企業の成長には必須です。すでに世界規模でリスキリングを推し進める動きがある中、日本政府もついにリスキリングを行う企業への財源投入を表明しました。今までリスキリングへの取り組みを行っていなかった企業も、2023年は「リスキリング元年」として取り組みをスタートしていくとみられています。
またリスキリングは企業だけの話ではありません。個人として取り組み、最先端のスキルを磨く人も増えてきています。物価の上昇や増税などが続き先行きの見えない日本経済を生き残るためには、個人個人が敏感に情報をキャッチして、スキルを磨くことも必要となっていくでしょう。
この記事の執筆: 及川颯
プロフィール:不動産・副業・IT・買取など、幅広いジャンルを得意とする専業Webライター。大谷翔平と同じ岩手県奥州市出身。累計900本以上の執筆実績を誇り、大手クラウドソーシングサイトでは契約金額で個人ライターTOPを記録するなど、著しい活躍を見せる大人気ライター。元IT企業の営業マンという経歴から来るユーザー目線の執筆力と、綿密なリサーチ力に定評がある。保有資格はMOS Specialist、ビジネス英語検定など。
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